家族にそっと寄り添う愛犬「若葉」

愛犬若葉との別れから、私の時間が止まってしまった。

私は、どのように日々を過ごせばよいのか…

どのように時間を過ごしたらいいのか…

食べることさえも体が受け付けない、体温が下がり1か月過ぎて40日で10㎏も痩せ思考回路が閉鎖し、泣き暮れている抜け殻状態だった日々。

私は子どもの頃から、犬・猫・うさぎ・鳥…と動物との生活をしてきた60年近い人生で、若葉は人生最後の子と思っていました。

自分の年齢から動物達に責任を全うことができないかもしれない…という、自分の死を意識しなければならない年齢だからです。

子供は成人し孫達とも同居している生活の中、淋しさを感じることなんてない…うるさく楽しい生活であっても、愛犬若葉との生活10年間…それも24時間ほぼいっしょに過ごしてきた、若葉中心の生活は、時が彩られ拠り所でした。

現在8歳と4歳になる孫が生まれる前から若葉はいっしょに生活をしていたので、孫達は若葉がいるのが当たり前の生活であり、若葉に守られて生活をしていたとも言えます。

ママに怒られた8歳の孫…若葉の写真をジッと見ていることがあります。

孫が泣いていると、そばに寄り添っていた若葉…

孫も若葉がいなくなって、その寂しさを改めて感じている時だと思うのです。

そんな若葉が、かわいくて…かわいくて…どうしようもないくらい…若葉が愛しい。


別れは、本当に…地獄です。

それも、何の覚悟もなく、突然若葉は旅立ってしまって…

それでも、残された者は生きていかなければならないし、泣き暮らすことを愛犬若葉が望んでいるはずがない。

若葉は叱られて泣いている孫たちに、そっと寄り添って涙を舐めてあげる子。

そんな優しい子が、私が嘆き苦しみ、やせ細り、廃人になることなど、望む訳がない。

心配で、そばでうろうろするばかりで、若葉は悲しむ子なのだと思うのです。

若葉はいない…どこを探しても…

あたたかいあの子に触れることができない…

抱っこが大好きな若葉…いつもお膝にいた若葉…

苦しい…悲しい…どうしようもないほど…

でも、そんな地獄なようなこと以上に、若葉との生活は楽しくて幸せだった。

若葉と出会えた私は、本当に幸せ者です。

コンパニオンアニマル「伴侶動物」の存在

コンパニオンアニマルの犬や猫は存在だけで、多くのことを教えてくれます。

コンパニオンアニマルとは、おもちゃのような存在とされがちの愛玩動物「ペット」という言葉のイメージから、家族のような関係を彷彿とさせるように「伴侶動物-コンパニオンアニマル」という意味が用いられています。

日本にも動物愛護の精神が広がって、「家族」という意識をもった方が増えたことから、コンパニオンアニマルと意識されるようになってきました。


そう…若葉は家族です。

若葉は多くのことを教えてくれました。

言葉がいらない信頼関係を築く大切なこと…

言葉などなくても心を癒してくれる…

寄り添う気持ち…

何が大切なのか…

人間は頭では理解できていても、なかなかできないことがあります。

そんな拠り所を見つけてしまった生活が、突然奪われてしまう苦しみは、動物と生活をしている方々にとって恐怖となることもあると思います。

その苦しみを覚悟しながらも、動物との生活を望みます。

あまりにも、その生活が楽しく幸せだったから…。

 

若葉が旅立って、その後の私は…廃人のようになりました。

何度も…何度も…私に落ち度はなかったのか?と、多くのことを振り返り、死の瞬間、私に何か伝えたいことがあったのか?

何をどう探しても、やっぱりかわいい若葉との思い出が繰り返され、4カ月だった若葉の余命は2~3年と言われていたけれど、10年いっしょに過ごしてくれたことに、残酷な出来事で神様を恨む気持ちよりも、若葉と幸せな日々を長くしてくれたんだ…と、感謝する気持ちの方が大きくなってきたのです。

若葉をどんなに探しても、二度とこの世ではあの子に会えない…

心の中で若葉の死を心底受け入れられずに、生前と同じように生かし続けていくには、私の心の中で同化し、若葉と常に語り合うことが私には必要なのだと思ったのです。

私の行動に若葉が関わっていることで、作業ができるんです。

旅立って10㎏痩せたことで、体力がなくなりシワシワに、筋力がなくなったことで節々が痛い…。

そんな私が、心の若葉と楽しく生活ができないと思うことで、体力をつけるようになりました。

若葉を感じて嬉しいこともありますが、まだ会いたくて…抱きしめたくて、涙が溢れることもあります。

きっとそれでいいのでしょう…

気持ちを閉じ込めることはないと思うようになっています。



愛犬若葉と一緒に活動「別れの悲しみを受け入れ立ち直る選択」

若葉との別れの悲しみは、受け入れなければなりません。

虹の橋で再び抱きしめ合うその日までは、私はこの世で生きているのだから…

元気になって立ち直らなければ、若葉が悲しむと感じてしまいます。

   ※ 「虹の橋」は作者不明の詩です。詳しくは、ウィキペディア「虹の橋 (詩)」をご覧ください。

 

若葉中心の生活をしていたので、私の父方の里のお墓問題を考え直すために、連絡を取ったことがきっかけで、若葉とは幸せになるコンパニオンアニマルを増やせていかれるような活動をしたいと思うようになりました。

以前、ブログに綴りましたが、父方の里が動物病院・犬の訓練所・保護施設をしていたことから、私も若葉との共同作業は「保護活動」にしようと…。

父方の里との電話でのやりとりで、多くの情報を得たり、自分なりに調べてみたり…

多くの動物達が殺処分されるいくつかの理由…

動物の死別とは違う、どうしようもない様々な理由の「別れ」があることを知ります。

身勝手な人間都合の場合もありますが、すべてがそのような状況ではないことは、何か対処する方法があると思うのです。

小さなことひとつひとつでもいい…若葉といっしょにがんばっていきます。

 

動物との死別…次には勇気が必要

 

動物が旅立って、もう二度とあのような苦しみをしたくないと、動物から遠ざかる…という気持ち。

動物が旅立って、その子との楽しい日々を大切にし、また動物と暮らしたい…という気持ち。

どちらも、愛する子との別れから生まれる感情です。

そして、どちらの選択も「勇気」がいることだと思います。

愛するが故に、旅立ち後の苦しい日々があり、明日を生きるための苦悩があるんです。

でも、その悲しみを受け入れつつ、微笑んで生きていかなければ、旅立った子だって苦しくなってしまう。

若葉のように、悲しみの心を感じて、寄り添ってくれる子であるからこそ、私は若葉を常に感じて微笑んでいたいと思うのです。

若葉といっしょに考え、活動する「保護」という視点や、動物が愛おしいと思う自分の気持ちに素直になろうと思います。

 

私は、また動物と寄り添って暮らす選択をしました。

 

家族が私の憔悴状況を心配し、「健康」であることを望み、動物を受け入れることを望んでくれました。

同居しているお嫁さんが、私と同じように自分の時間は、動物との生活になるので大きく関わってしまいます。

そのような状況になることも想定し、動物を受け入れることを私に勧め、様々な協力を引き受けてくれて…お嫁さんには本当に感謝しきれません。

今回、苦しい日々でしたが、家族・近所の方々・仕事先の方々…そして、大きな存在になっているSNSで知り合った方々に助けられ、私は本当に恵まれました。

まわりで多くの方達が若葉の旅立ちを悲しみ…慈しみ…私を応援してくださいました。

皆さまに、心から感謝しています。

ありがとうございます。

動物と暮らす選択をしても、若葉との多くの出来事を思い出し…涙。

毛布にくっついている若葉の毛を見つけては…涙。

私の中から、若葉が消え去ることは、絶対にあり得ないこと。

きっと、若葉は私にとって、「未来を生きていく道しるべ」になっていくのでしょう。

虹の橋「若葉へ…」

若葉へ

若葉…あなたが突然旅立って、もうすぐ49日。

苦しかったよ…

淋しかったよ…

あなたを抱きしめることができるのであれば、何でもする…頑張る…出来る。

でも、あなたを抱きしめることができる日は、私があなたのいる世界に行った時。

虹の橋で、いっぱい…いっぱい抱きしめられると信じてる。

それまで、あなたに触れることはできないけれど、心の中でいっぱいお話しようね。

そして、いっしょに頑張ろうね。

若葉…

ずっとずっといっしょだよ。

若葉…

ありがとう。

若葉…

愛している。




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